僕が自分の生え際の後退に気づいたのは、二十代後半のことだった。最初は気のせいだと思っていたが、友人たちと撮った写真を見るたびに、そのM字の切れ込みは少しずつ、しかし確実に深くなっているように見えた。焦った僕は、インターネットで評判の育毛剤を買い、毎晩欠かさず頭皮に振りかけた。しかし、進行は止まらない。まるで、坂道を転がり落ちる石のように、僕の薄毛は加速度を増しているように感じられた。「俺は、進行が速いタイプなんだ」。その事実は、僕に重くのしかかった。毎朝、鏡を見るのが苦痛だった。髪型は、どうやってM字を隠すかということしか考えられない。風の強い日は、一日中憂鬱だった。このままでは、三十代を迎える頃には、どうなってしまうのだろう。その恐怖から、僕はついに専門クリニックのドアを叩いた。医師の診断は、やはりAGAだった。そして、僕の進行速度が比較的速い傾向にあることも告げられた。しかし、医師は絶望する僕に、こう言った。「進行が速いということは、それだけ早く対策を始める必要があるというサインです。今から適切な治療を始めれば、この速度にブレーキをかけることは十分に可能ですよ」。その言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のようだった。僕は、内服薬による治療を開始することを決意した。治療を始めてからも、不安が消えたわけではなかった。本当に進行は止まるのか、毎日が自分との戦いだった。しかし、三ヶ月が経った頃、シャワーの時の抜け毛が、明らかに減っていることに気づいた。そして半年後、M字部分に、黒々とした短い産毛が生えてきているのを発見したのだ。それは、ほんの数ミリの、小さな変化だった。でも、僕にとっては、失われた時間を取り戻すための、大きな大きな一歩だった。AGAの進行速度と向き合うことは、辛い経験だった。しかし、それがあったからこそ、僕は自分の体と真剣に向き合い、行動を起こすことができた。今も治療は続いている。でも、もう僕は、鏡を見るのが怖くない。