僕が薄毛を自覚したのは、二十代後半のことだった。最初は「まだ大丈夫」と高を括っていたが、M字の切れ込みは年々深くなり、頭頂部の地肌は光に透けるようになった。プライドが高かった僕は、誰にも相談できず、「絶対に自分の力で治してやる」と固く心に誓った。そこからの数年間は、まさに試行錯誤の日々だった。インターネットで「薄毛 治す」と検索しては、あらゆる情報を鵜呑みにした。亜鉛が良いと聞けばサプリを飲み、海藻が良いと聞けば毎日ワカメを食べた。高価な育毛シャンプーをいくつも試し、頭皮マッサージ器で頭が痛くなるほどマッサージもした。しかし、僕の努力とは裏腹に、髪の状態は一向に上向かない。むしろ、ゆっくりと、しかし確実に薄毛は進行しているように感じられた。毎朝、鏡を見るたびに深くなるため息。友人との写真に写る自分を見ては落ち込み、自信は日に日に失われていった。三年が経った頃、僕はついに限界を感じていた。「もう、何をしても無駄なんだ」。そんな絶望的な気持ちで、最後に一度だけ、と専門クリニックの無料カウンセリングの予約を入れた。正直、期待はしていなかった。しかし、そこで医師から告げられた言葉は、僕のこれまでの常識を覆すものだった。「君の薄毛は典型的なAGAですね。これは、君の努力が足りないせいじゃない。遺伝とホルモンが原因だから、市販の製品で治らないのは当たり前なんですよ」。その言葉は、まるで魔法のようだった。僕のこれまでの苦しみと努力が無駄ではなかったこと、そして、僕が戦うべき相手は、自分自身ではなく、AGAという明確な敵なのだと、初めて理解できたのだ。その日、僕は「自分で治す」という固いプライドを捨て、医師の処方する薬による治療を開始した。それは、敗北ではなく、賢明な戦略転換だった。もっと早く、この一歩を踏み出していれば。そう後悔もしたが、それ以上に、ようやく正しい道を歩き始められたという安堵感で、僕の心は満たされていた。